東京高等裁判所 平成12年(ラ)836号 決定 2000年9月07日
抗告人(債務者) 株式会社彩プロジェクトこと 甲山A夫
相手方(債権者) 大和ギャランティ株式会社
右代表者代表取締役 乙川B雄
右代理人弁護士 真山泰
同 茶谷篤
同 吉増泰實
同 南雲隆之
同 山口暁
主文
一 本件抗告を棄却する。
二 抗告費用(差戻前のものを含む。)は、抗告人の負担とする。
理由
一 抗告人の本件抗告の趣旨は、「原決定を取り消し、本件債権差押命令申立てを却下する。」旨の裁判を求めるものであり、その理由の要旨は、「抗告人は、平成九年一〇月三一日、原決定別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)を、当時の所有者であった丙谷C郎から、賃料月額五〇万円、保証金一五〇〇万円、賃借期間平成九年一〇月三一日から平成一九年一〇月二四日までとの約定で賃借し、これを第三債務者らに転貸していたものであるところ、丙谷C郎は、本件建物の管理を抗告人に委ねるとともに、入居者の有無に関わらず安定した賃料収入を得るために、本件建物を抗告人に賃貸したものであって、抗告人は、正常な取引によって成立した賃貸借契約に基づく正当な賃借人(転貸人)であるから、本件建物の抵当権者である相手方が、抗告人の転貸賃料債権に対して物上代位権を行使することは許されない。」というものである。
二 当裁判所も、相手方による本件債権差押命令申立ては認容すべきものであると判断する。
その理由は、次のとおりである。
1 不動産の抵当権者は、当該不動産の賃借人が、当該不動産を転貸し、転貸賃料を得ていたとしても、原則として、右転貸賃料債権に対して物上代位権を行使することはできないが、当該不動産の所有者の取得すべき賃料を減少させ、又は抵当権の行使を妨げるために、法人格を濫用し、又は賃借権を仮装した上で、転貸借関係を作出したものであるなど、当該不動産の賃借人を所有者と同視することを相当とする場合には、その賃借人が取得すべき転貸賃料債権に対して物上代位権を行使することが許されると解するのが相当である(最高裁判所第二小法廷平成一二年四月一四日決定)。
2 これを本件についてみると、一件記録によれば、次の事実が認められる。
(一) 本件建物及びその敷地(所在・川崎市<以下省略>、地目・田、地積・一九五平方メートル。以下「本件土地」という。)は、もと丁沢D介、丁沢E子(以下「丁沢夫妻」といい、個別的に示すときは「D介」「E子」という。)の共有に属し(持分割合は、各二分の一)、同人らは、本件建物を第三者に賃貸して賃料収入を得ていた。
(二) D介は、①昭和六三年九月三〇日、株式会社大和銀行(以下「大和銀行」という。)から一億八〇〇〇万円を、利息は年五・三パーセントの割合、支払方法は昭和六三年一二月から昭和九三年九月三〇日まで、毎月一〇〇万一八三〇円宛の分割払との約定で借り入れ、更に、②同年一〇月二八日、同銀行から二〇〇〇万円を、利息は年五・七パーセントの割合、支払方法は昭和六四年一月から昭和九三年一一月一一日まで、毎月一一万六二〇三円宛の分割払との約定で追加借り入れをし、相手方(当時の商号は、新日本保証株式会社)との間で、右各借入金債務についての支払保証委託契約(以下「本件支払保証委託契約」という。)を締結した。また、丁沢夫妻は、本件支払保証委託契約に基づいて相手方に生ずる債権を担保するため、本件土地建物に根抵当権を設定することに合意し、横浜地方法務局麻生出張所昭和六三年七月一日受付第三六三三〇号根抵当権設定登記(極度額一億九八〇〇万円)、及び同出張所同年一一月一六日受付第六〇四〇七号根抵当権変更登記(極度額を二億二〇〇〇万円に変更)が経由された。
(三) D介は、前記①の債務について平成八年九月分以降、同②の債務について同年一二月分以降の分割金の支払を怠り、大和銀行の支払催告に基づき、平成九年一〇月二日をもって期限の利益を喪失した。そのため、相手方は、同年一〇月二八日、本件支払保証委託契約に基づき、大和銀行に対し、元利合計一億八三〇八万二九七五円の代位弁済を行い、右代位弁済に係る求償金債権(以下「本件求償金債権」という。)を回収するため、本件土地建物について、前記根抵当権に基づく競売手続の申立てをし(横浜地方裁判所川崎支部平成九年(ケ)第三五三号事件。以下「本件競売手続」という。)、同年一二月一八日、競売開始決定に基づく差押登記が経由された。
(四) 本件建物については、同年一〇月三〇日に丁沢夫妻から丙谷C郎(以下「丙谷」という。)に対する共有者全員持分全部移転登記手続が行われ(なお、本件土地についても、同日付けで共有者全員持分全部移転仮登記手続が行われている。)、また、丙谷を所有者、抗告人を賃借人とする平成九年一〇月三一日付けの建物賃貸借契約書(サブリース建物賃貸借契約書)が作成されており、右契約書には、抗告人の前記主張どおりの内容の賃借条件が記載されている。そして、抗告人は、平成九年一〇月三一日ころ、第三債務者六名を含む合計九名との間で、本件建物の各部屋(ただし、第三債務者戊野F作については、二部屋分)に関する賃貸借契約書を作成しているが(以下、これを「本件賃貸借」という。)、右九名の者は、D介から本件建物を賃借していた賃借人であり、また、これらの賃貸借契約によって抗告人が受領すべき賃料の合計額は、一か月当たり七八万円であった。
(五) 丁沢夫妻と丙谷間の売買契約については、売買契約書が作成されたことを認めるに足りる資料は存しないが、丙谷は、本件競売手続の一環として行われた現況調査において、担当執行官に対し、右売買契約の存在を証する書面として、本件建物を一〇〇〇万円、本件土地を無償で譲り受けることとし、右売買代金から本件建物の賃借人に係る保証金等の合計七五〇万円等を控除した残額二〇〇万円を丁沢夫妻に支払う旨を記載した「売買代金清算書」と題する書面(平成九年一〇月二五日付け)、及び、丁沢夫妻から丙谷宛の一〇〇〇万円の領収書(同月二八日付け)を示した。
(六) 丙谷は、本件建物等に係る平成一〇年度、一一年度分の固定資産税等を滞納している。
(七) 丁沢夫妻の息子である丁沢G平は、平成一〇年七月三一日、相手方の社員に電話をし、「本件建物の賃借人の一人を通じて、己原H吉(以下「己原」という。)及び丙谷を紹介され、同人らから、「本件建物の所有権を移転すれば、相手方から債務の弁済を催促されないようにしてやる。不動産競売手続を長引かせれば、その間、賃料を取得できる。その一部を、丁沢一家に渡す。」と言われ、所有権の移転に応じたが、己原らは約束を実行しない。本件建物を一〇〇〇万円で売り渡す旨の売買契約は虚偽のものであり、丁沢一家は、売買代金の支払は一切受けていない。」という趣旨の話をした。
(八) 右己原は、株式会社彩インターナショナルの取締役に名を連ねているところ、抗告人は、同社の代表取締役であり、また、同社の本店所在地は、抗告人の住所地と同一である。また、己原は、平成一〇年三月三〇日、相手方代理人の担当事務員からの問い合わせに対し、「株式会社彩プロジェクト」は、株式会社彩インターナショナルの子会社であって、代表取締役も同一人物であり、現在設立登記中である旨の説明をしている。
3 以上の認定事実に基づいて判断するに、丙谷による本件土地建物の取得については、①その時期が、相手方による代位弁済が行われた直後であって、しかも、丁沢夫妻に本件求償金債務を任意に弁済する能力はなかったものと認められることからすれば、丙谷としては、本件競売手続が開始されることを十分に予想できたものと推認されること、②本件土地建物に係る正式な売買契約書は存在せず、売買代金の算定根拠も不明である上に、相手方による本件求償金債権額は、一億八〇〇〇万円を上回るものであるのに対し、本件土地建物の客観的価値は、右金額には到底及ばないものであったと推認されることからすれば(乙二九によれば、本件土地建物の平成一二年三月時点における評価額は約五二〇〇万円にすぎなかったことが認められるところ、売買契約時である平成九年一〇月から、平成一二年までの間における土地建物の価格の下落を考慮しても、右売買契約時点における本件土地建物の価格が、本件求償債権額である約一億八〇〇〇万円に匹敵するものであったとは到底認め難い。)、右売買契約は、経済的合理性に反するものであるといわざるを得ないこと、③丙谷が、丁沢夫妻や相手方との間で、本件求償権債務の弁済に向けた具体的な話合い等をした形跡はうかがわれないばかりか、同人は、本件土地建物の固定資産税等をも滞納している状態であって、これらの行動は、本件土地建物の正常な所有者としての行動とは認め難いものであること等の不自然な点が存し、これらの事実に、前記丁沢G平の発言を併せれば、丙谷は、本件競売手続に介入し、不当な利益を得る目的で、本件土地建物の所有名義を取得した疑いが極めて高いものといわざるを得ない。
そして、丙谷と抗告人との間の本件賃貸借は、いわゆるサブ・リース契約であるところ、右契約には、①丙谷と本件建物の入居者(賃借人)との間に抗告人を介在させなければならない理由は見当たらないこと(抗告人は、「丙谷は、抗告人に本件建物の管理を委ねるとともに、入居者の有無に関わらず安定した賃料収入を得るために、本件賃貸借契約を締結した。」と主張するが、本件建物の管理を抗告人に委ねなければならないほどの事情があったとは認められない上、前示のとおり、本件賃貸借契約締結当時、本件建物には、既に九名の入居者がおり、その賃料合計額は月額七八万円に上っていたことを考えると、安定した賃料収入を得るためとはいっても、これを月額五〇万円で抗告人に賃貸するのは不合理といわざるを得ない。)、②競売手続開始が予想される本件建物について、期間を一〇年とする長期賃貸借契約を締結すること自体、不自然である上に、抗告人が、丙谷に対し、契約で定められた毎月の賃料や保証金を実際に支払っていることについては、これを裏付けるに足りる資料が存しないこと等の不自然な点が存し、これらの点に、③前示のとおり、丙谷による本件土地建物取得の経緯にも不自然な点があること、④前示の丁沢G平の発言によれば、丙谷の右行為については、抗告人の関係者である己原が関与している疑いが存することをも併せ考えると、本件賃貸借契約は、正常な取引によって成立したものではなく、むしろ、丙谷と抗告人とが、所有者が取得すべき賃料を減少させ、又は抵当権の行使を妨げるために賃貸借契約を仮装した上で、転貸借関係を作出したものと推認すべきものである。したがって、本件においては、抗告人と丙谷とを同視することを相当とする事由が存するものというべきであり、他に右認定を左右するに足りる資料は存しない。
したがって、本件建物の抵当権者である相手方は、抗告人が取得すべき転貸賃料債権に対し、抵当権に基づく物上代位権を行使することが許されるものというべきである。
三 以上の次第で、原決定は相当であり、本件抗告は理由がないからこれを棄却することとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官 村上敬一 裁判官 澤田英雄 鶴岡稔彦)